電子メール(以下、メール)って「投げる」ものなのだろうか。
社内でもよく使われていて、疑問に思ってもないし違和感もない人が沢山いると思うのだけれど。
- 今メール投げたから、後で見て返事ちょうだい。
- その件はさっき彼(彼女)にメール投げたから。
確かに、コミュニケーションのキャッチボールなんて古い表現もあるように、メールもコミュニケーションの一手段。キャッチボールのようにやり取りがあって成立する。
それに、なんとなく送り出す時の「勢い」が感じられて、送り手にとっては意志的でいい感じがするような気もするけれど。
でも、おかしいと思う。
なんでそう思うのか。以下、理由を考えてみました。
- 「投げる」という言葉は、「誰かに渡す」というよりは「自分が関与しない」あるいは「放棄する」というニュアンスが含まれる。「物事を投げる」というと普通、その物事を投げ出す、放り出す、自分ではやらない、という意味ですよね。「匙を投げる」なんて諺もあるし。
- 誰かが「その件あいつに投げといたから」って言っているのを聞くと、なんだか無責任感か力関係が一杯な雰囲気が漂います。下記のような声無き声が聞こえるようで、気分が悪い。ええ自分勝手ですとも。
- 「オレの担当じゃないからオマエやれよな」
- 「投げたからにはこっちの責任じゃないからな、オレ知らないよ」
- 「知らないのでできません、以上。」
- 礼儀に適ってない。受け取る相手に失礼ではないでしょうか。「さっき投げたあのメール、後でオレに投げ返してね」って、たぶん言わないでしょ。つまり、あなたはメールを「投げて」欲しくないんじゃないかな。自分にして欲しくないことを他人にしないのは、社会生活を送る上で最低限の礼儀じゃないかと思うのです(仕事で業務上でなければしない類のお願いをすることと、これとは、別ですよ。念のため)。
思ったんですけれど、キャッチボールの時のボールって、相手が取れる場所に投げるし、返して欲しいですよね。
仕組みとかサーバがどうだとかいう話は別として、メールを「電子ボール」と言わないで「電子メール」と表現することにしたからには、きっとボールとは違う表現を使うべきなんだろう、と考えるのです。
変ですかね。
— DoNotThrowEMail – アクセンスのおまけ まったく同感です。